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2014年 05月 06日
「Odyssey of Iska 1984」 29.ニース マルセイユを夜遅く発ち、ニースには明け方着いた。 初夏のような陽気だった。一辺で明るい気持ちになった。 コート・ダジュールの美術館巡りはここを基地に出かけよう。 駅のインフォメーションで教わったホテルを何軒か廻って、そのうちの一つに決めた。 荷物を整理し、シャワーを浴びてランチに出かけた。 屋外のテラスで本場のニース風サラダを食べた。(パリにいる頃からランチはよくニース風サラダとワインを頼んだ) 明るい日差しの中で食べるランチはおいしい。 疲れていたので美術館巡りは明日からにし、今日は街中で過ごすことにした。 歩いていたら映画館があり、「愛と追憶の日々」をやっている。 まだ観てなかったので入った。失敗した。 てっきり英語でやってると思ったらフランス語に吹き替えられてた。 (ヨーロッパではこういうことはよくある。Original Voice かその国の言語か最初にチェックしなければ) あのアクの強いジャック・ニコルソンが鼻にかかったフランス語をしゃべるので興醒めし、出ようかと思った。だが、しばらく我慢して観ているうちに、この映画は紛れもなくアメリカ映画だなと感じた。 テンポとカット割りがまるで違う。 ヨーロッパ映画とアメリカ映画はいろんな点で本質的に違うのだ。 言葉は10%くらいしかわからなかったが、映像の力でストーリーはほとんど問題無く理解できた。ただ、ジャック・ニコルソンは、やはり Original Voice の方がいい。 次の日は郊外のサンポール・ド・ヴァンスにあるフォンダシオン・マーグに行った。 緑の小高い丘を上って行くと、セルトのつくった、特徴的なトップサイドライトの屋根が見えて来る。セルトはコルビュジェの弟子だから当然コルビュジェ言語で建物はできているのだが、もう少しおとなしく、品の良い感じだ。(だが私はコルビュジェの荒々しさの方が好きだ) 館内や野外にシャガール、マチス、ブラック、ジャコメッティ、ミロの作品がおもちゃ箱をひっくり返したように並び、自然と解け合って、アートの楽園のようだ。 村自体も品があり、歩いていて楽しい。 3日目はマチス美術館に行った。 コート・ダジュールに来たのは、ピカソの美術館とマチスの美術館を観たかったからだ。 この二人は同じ時代に生き、同じ画家の道を歩んだが、選んだ方法は違っていた。 ピカソは時代と拮抗して、常にアグレッシブな表現主義者であり続け、マチスはそれとは距離を置き、常に優美な芸術家であり続けた。だが、注意深く見て行くと意外と二人は似たような所があり(特に後半生)、明らかにシンクロしている。 私はピカソから入ったが、ある時からマチスも同じくらい好きになった。特にのびのびした素描の線は好きだ。また、晩年の軽妙洒脱な「Jazz」の切り絵も好きだ。 それらをこの美術館で堪能した。 だが、一番おもしろかったのは、ヴァンスにあるロザリオ礼拝堂のための習作だ。 特に大きな手作りの稚拙なエスキス模型は良かった。 一つ一つの手触りまでもが伝わって来る。 たぶん、一度でも建築をやったことのある者なら堪えられない感覚だ。 建築家マチス、インテリアデザイナー・マチスを感じることができる。 司祭の礼服のデザインもおもしろかった。 美術館を出る頃には(ニースに居る間にヴァンスに行こう)と心に決めていた。 4日目はシャガール美術館に行った。 シャガールはマチスやピカソとほぼ同年代に活躍し、年齢的には一番若いが、二人のように絵画の革新のために寄与する、というよりむしろ絵画の本質に寄与した画家だ。 モチーフがいつもどこか夢見るようで、色彩もファンタジックなものが多い。 甘いと言えば甘いのだが、アンドレ・マルローの依頼で描いたパリのオペラ座の天井画はとても好きだ。周囲の古典的な装飾の中にあって色彩が強烈かつモダンで、その対比はとてもおもしろい。 この美術館でもその色彩感覚を十分に堪能することができる。 ピカソもマチスもシャガールも、若い頃や壮年期はパリを活躍の場としたが、晩年は南仏のコート・ダジュールに移り住み、悠々自適に自分の絵画を熟成させて行った。 確かにこの地には、そうした人の心を開放し、のびのびさせる何かがある。 別に高級避暑地だからそうだと言ってるのではない。 白と青と緑の明るい地中海の解放感が素敵なのだ。 人間は本質的にそういうものを欲する動物なのだ。 おかげで私も解放された。 だが、それが数日後にエライことになって返って来るとは、その時は知らなかった。 かずま
by odysseyofiska4
| 2014-05-06 19:52
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